江戸日本橋人形町を歩く

人形町の地名の由来ですが、この辺りに歌舞伎小屋の中村屋と市村屋があったことや、薩摩浄瑠璃(薩摩座)や人形芝居(結城座)も行われていたことから、この辺りに人形遣いが多く住んでいたことから「人形町」と名付けられたようです。

日本橋人形町といえば、東野圭吾さんの小説の舞台として描かれることが多いですよね。代表作の一つでもある「麒麟の翼」でも鍵を握る重要な場所として登場してきます。今回は、映画「麒麟の翼」のロケ地として登場してきた人形町界隈や日本橋七福神をご紹介したいと思います。

映画「麒麟の翼」の「日本橋人形町」

小説では「その男が日本橋交番の脇を通過したのは、間もなく午後9時になろうかという頃だった」という書き出しから始まります。映画では日本橋の欄干に瀕死の状態でもたれ掛かる中井貴一扮する男(青柳武明)を交番の巡査が何気なく目撃するところからです。ここからミステリアスなドラマが展開していくのです。(ご覧になっていない方には申し訳ありません。)

日本橋の現在の橋梁は、明治44年(1911)に完成したもので、国の重要文化財となっています。国道の中央には日本の道路元標があり、国道1号線など日本の交通網の始点となっています。橋柱の銘板にある「日本橋」の揮毫は徳川慶喜によるものです。

日本橋の欄干にデザインされた翼のある麒麟の像は、小説「麒麟の翼」の文字通り鍵を握る重要なものとして描かれています。装飾顧問は、妻木頼黄、装飾制作は東京美術学校、原型製作は渡辺長男が担当したと紹介されています。

この写真は、銀座方面を撮ったものです。橋の直上に覆い架かるのが首都高速都心環状線で、昭和39年に開催された東京オリンピックに間に合わせるために急遽建設されたものです。2020年の東京オリパラ後に地下移設の着工を目指しているようです。

橋の歩道に使用されている石材は、茨城県笠間市で採掘された稲田石(花崗岩)で、現在も「東京大空襲」の焼夷弾跡が残っています。

食べ歩きしたくなる人形町の商店街

映画では、事件の真相究明に向け本部が立ち上がり、刑事の加賀恭一郎(阿部寛)が日本橋付近を捜査し始めます。この写真は、人形町の甘酒横丁にある民芸品販売「日本橋ゆうま」です。映画では「ほおづき屋」として登場しています。 

「日本橋ゆうま」のホームページ

お煎餅屋の「草加屋」は、映画では「あまから」という店名で登場しています。

「草加屋」のホームページ

このお店は、「草加屋」さんの隣にある人形焼きの「人形町亀井堂」です。(閉店されています)

このお店は、人形町甘酒横丁でも有名な鯛焼きの「柳屋」です。

「柳屋」情報

甘酒横丁の交差点近くにある「快生軒」は創業大正8年の喫茶店です。映画では、刑事の加賀恭一郎が聞き込みの待ち合わせ場所として使っていました。

「快生軒」情報

喫茶店「快生軒」の隣には、鳥料理の「玉ひで」があります。創業は宝暦10年(1760)の老舗。東京軍鶏肉を使用している”とく”親子丼はランチ1,500円です。昼どきは、この通りの行列です。

レストラン「芳味亭」は、映画では加賀恭一郎役(阿部寛)や看護師役の田中麗奈さんが加賀の父親の三回忌の打ち合わせのシーンで使われていました。芳味亭は、ビーフシチューやコロッケが評判の洋食屋で、創業は昭和8年。初代は横浜ニューグランドホテルのシェフだったのだそうです。

日本橋七福神詣り

加賀恭一郎は、被害者の顔写真を手に聞き込みをしていた際、熱心に神社でお参りしている被害者の目撃情報を得ます。そして、日本橋七福神をまわります。

椙森(すぎのもり)神社

日本橋七福神の恵比寿神で、江戸時代には江戸三森(椙森、柳森、鳥森)の一つに数えられ、庶民だけでなく松平信綱などの諸大名からも崇敬を集めていました。

茶ノ木神社

日本橋七福神の布袋尊です。神社の周囲の茶の木の緑が見事だったことからこの名がついたと伝えられています。この辺りは、下総佐倉の城主で大老の堀田家の上屋敷でした。大火の多い江戸時代に屋敷内で火災がなかったことから、この神社は堀田家の守護神として祀られていたものです。今も防災、生産の神様として信仰を集めています。

茶ノ木神社のホームページ

松島神社(大鳥神社)

日本橋七福神の大黒神です。明暦の大火前、大鳥神社の周囲は歓楽街で、人形細工職人や歌舞伎役者、吉原の芸妓など芸能関係や庶民の参拝が盛んだったそうです。11月の酉の市がその名残です。

松島神社のホームページ

末廣神社

日本橋七福神の毘沙門天です。勝運を授け、災難を除ける神様として400年以上前から信仰されています。末廣神社は、この地にあった吉原の守り神として崇められていました。

末廣神社のホームページ

笠間稲荷神社

日本橋七福神の寿老神です。日本三大神社の一つ笠間稲荷神社の東京別社として、長寿、幸運の神様として崇められてきました。
加賀恭一郎は、被害者が紫色の千羽鶴を笠間稲荷神社の賽銭箱の上に置いて拝んでいたとの目撃情報を得ます。

寳田(たからだ)恵比寿神社

日本橋七福神の恵比寿神です。日本橋七福神は恵比寿神が2箇所あります。この寳田恵比寿神社は小伝馬町駅の近くにある小さな社ですが、名物祭事の「日本橋べったら市」は本当に賑わいのある祭りです。

 

小網神社

日本橋七福神の福禄寿です。稲荷様を主祭神とする小網神社は、文正元年(1466)に悪疫鎮静の神として鎮座しました。太田道灌の崇敬も篤く、社名も太田道灌が名付けたと言われています。また、健康長寿の福禄寿と財運向上、学芸成就の弁財天は神社と同じ境内にあった万福寿寺にお祀りされていました。

小網神社の社殿(昭和4年建立)は、戦災を免れたり、同神社の御守を受け、戦地に赴いた兵士全員が無事帰還したことから、近年では「強運厄除の神」、パワースポットとして多くの参拝者で賑わっています。

宝生弁財天(水天宮)

最後に紹介する日本橋七福神の宝生弁財天は、弁財天です。同じ境内にある水天宮は2016年4月8日に新社殿になったばかりです。総本宮は福岡県久留米市にある久留米水天宮で、東京にある水天宮は分社とされています。ご利益は、水難除けと安産、子育てとされていて、安産祈願に訪れる夫婦や家族が多く訪れています。

宝生弁財天(水天宮)のホームページ

刑事の加賀恭一郎が千羽鶴の折り紙を探して入店したのが、日本橋本町3丁目にある「小津和紙」です。

小津和紙は、承応2年(1653)に創業した和紙の専門店で1階が店舗で、2階がギャラリーになっています。とても落ち着いた雰囲気のお店です。

小説「麒麟の翼」は、サスペンスではあるものの、家族の絆を描く東野圭吾さんならではの感動的な作品です。「麒麟の翼」の小説かDVDをご覧になってから日本橋人形町に足を運ぶとさらに感動が倍増するのでは。

アクセス

日本橋人形町を歩く(映画「麒麟の翼」から)

alukibito


幕末・維新の歴史に興味を持っています。主に都内の街歩きや寺社巡りで発見した史跡などをサイトに綴っています。


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